#生活指導

「やるべきこと」と「やらなければならないこと」

忙しい。 やるべきことがある。さらにやらなければならないことが押し寄せてくる。だから他から押し寄せてくるやらなければならないことを一つずつ済ませている。きっぱ付けだが、そうしないとわからなくなる。当然やるべきことがあとになる。 混乱するので…

竹馬づくり

筍とりのついでに竹を切った。その切った竹で竹馬を作った。 高さは変えることができるようにした。子ども用と大人用。やってみたがよちよち歩きが精いっぱい。

知識創造の形成モデルとしての「SECIモデル」は有効か?

知識創造の形成モデルとしての「SECIモデル」は有効であるかの実験をいろいろやっている。 まず、知るという過程が暗黙知であることを自覚して、それをマスターするには数学をするのが良いというのは昨日書いたけど、これをどう表現してサイトに載せたら…

「知識変換」と「組織は知識の培養器」

今日も「知識」について 今まで考えていたのは、ITを利用したナレッジ・マネッジメントであり、単なる「知識管理」で、知識の共有と活用だった。私がぼんやりと求めていたのは「知識の創造」で、そこに集合知なども入る。このぼんやりした知識・感覚と言語…

言語化すると不安が解決するのはなぜか

昨日は東海北陸地区セミナーにオンラインで参加した。 実践分析の中に「仮想的」と「現実的」の話が出てきた。ネット世界を仮想だととらえてしまうけど、現実の家庭や学校だって仮想ではないか。そういう議論の中から、以前から不思議に思っていたことを「現…

映画「あしがらさん」

正午の平和の鐘はいつも一人でついていたけど、元檀家総代の方がみえていて一緒に撞いた。初めてのこと。鐘引きの写真のことで盛り上がった。 友人からこの映画を紹介された。 「映画監督の飯田基晴さんが、映画「あしがらさん」を無料公開しています。 8月…

「老い」について

今日は寺子屋3回目。 子どもたちは夏の友も終わって遊んでばかり。 さて、「老い」についていろいろ悩んでいる。 この二次元図式はとても嫌な図だ。 Aを目指すのが良いという図だけど、どうしてもCになる人もいる。Dで何が悪いのかと問うと、税金の無駄…

寺子屋二日目とお母さんとの語らい

寺子屋二日目。お母さんと話していて、いろいろなつながりがあることに驚いた。共通の知り合いがいること、食の問題に関心があることなど。 今回はほとんど遊び。子どもにとって遊びが最大の学び。お母さんと昔こんな遊びがあったよと語り合った。 大人同士…

わくわく図書館「スマホ脳」

今回のわくわく図書館で紹介してもらった本は「スマホ脳」アンデシュ・ハンセン 紹介者は(1)「スマホ脳」池田さん(2)「本物のすごさ、豊かさについて」生源寺さん 自然と社会とことばと子どもとスマホの関連を明らかにしたい。 その内容をかいつまんで書いて…

グループメールの管理

最近はウエッブを見るのにedgeを使うことが多くなった。 Googleを使うことはあまりないけど、GmailやZOOMを使うときには便利だ。 というわけで、グループメールの仕組みや、アカウントの使い方や、ZOOMとの関連を調べていたら、わからないことば…

理論と実践

「中濃学級づくりサークル」にZoomで参加。 リアルは4名、リモートは3名。音声が聞きづらかったけど中身は十分わかった。 「この子をどう理解するのか」は実践のベースである。そこから構想がたち、実践が始まるから。 「どう理解するのか」を私たちは…

支配を反転させる人々

昨日Eテレのこころの部屋で「コヘレトの言葉」をやっていた。 こころに残った言葉 ひとりよりもふたりが良い。共に労苦すれば、その報いは良い。倒れれば、ひとりがその友を助け起こす。倒れても起こしてくれる友のない人は不幸だ。更に、ふたりで寝れば暖…

狭い世界を突破して広い世界に

梅雨が明けたと思って、遮光カーテンやすだれを取り付けたら、雨が降り出した。 アサガオが小雨に濡れていた。 一昨日のZoom学習会の内容が心をかけめぐっている。徒然草に、心は鏡のようなもので心という実体があるのではないと書いてある。そうだなぁ…

全生研基調提案学習会

全生研の基調提案学習会に参加した。 Zoom学習会である。180名ほどの参加で三時間ほどだったけど、とても楽しかった。 ブレークアウトでグループになったとき、取り上げられた実践の兼田さんと同じグループになって、うれしくてつい質問をした。その…

弱いロボット

まだ体調が戻っていない。 体調が悪いとロクなことを考えない。 そこで、昔やったことを読み直していた。 そして、サイトをあちこち見ていたら、このサイトに出遇った。 Ⅵ頼りなさが生み出すもの 弱いロボットの力 岡田美智男豊橋技術科学大学教授 いろいろ…

東井義雄先生はほんものの教師になれるのか(5)

「教える教育」の否定は、教えることを否定しているわけではない。東井さんは「教える教育の限界」と書いていて、否定しているわけではない。実際に、作文的教育法」(学習帳)による子どもたちの学力をつける実践など、どんどん教えている。とすると、東井…

東井義雄先生はほんものの教師になれるのか(4)

東井さんが、「教える教育」=「自力の教育」と考えて否定し、 「そのまま抱きとる教育」=「他力の教育」と考えていたとしたら、「物指し」はもう一つあったことになる。 「自力から他力へ」そして、「凡夫の自覚から他力へ」という浄土真宗の「物指し」で…

東井義雄先生はほんものの教師になれるのか(3)

わたしたちの教育実践は、関係性の中で成り立っているので、 そもそも教師一人の力で成り立つようなものではない。 しかし、そこにはたらく力がどのようなものであるのかを知っておくことは、 実践においは重要である。 わたしはそれを「弱さを自覚した柔ら…

東井義雄先生はほんものの教師になれるのか(2)

この実践にはいくつか質問してみたいことがある。 (1)M君に友だちがいないという原因と思われる「社会性に欠けたところ」はどこからきたものなのか? (2)M君と誰かを結びつける努力はなされなかったのだろうか? (3)東井さんからの手紙に対してM君はどう…