#メンタルヘルス

「べてるの家」と「当事者研究」

トイレの床に水(小便)がたれていて大騒ぎになったけど、覚えがない。 2月のわくわく図書館があった。『コモンの「自治」論』の第五章「精神医療とその周辺から自治を考える」 参加者は8名。この章は、精神医療(治療環境)そのものを治療するという視点…

「じょうぶな頭」とは

正月はいつもの通り忙しかった。ホッと一息ついた三日に教え子の同窓会があった。懐かしい同僚とも会っていろいろな話が聞けた。 本当は話を聞かなければならないのに、自分が話す方が多かったことを反省している。語ったことの中に「かしこい体とじょうぶな…

有限性を受け入れること

激しい雨の音で目が覚めた。昨日母が時計が欲しいと言った。多分野球を見たいからだろう。 生死とは何かを考えざるを得ない。「まずしさと豊かさ」ではない「有限と無限」ではない「不老不死と老いて死ぬ私たち」ではない「有と無」ではない「あるとない」で…

母の世界(意味の場)と私の世界(意味の場)

わけがわからないからいろいろ考えている。 母が何にも出来んようになったと嘆く。歩けるやないか、トイレにも行けるやないか、新聞もテレビも見えるやないか。外で花の世話が出来んようになったのが悔しい。やろうと思えばできるで。やる気が起こらんのや。…

感情のはたらきとAI

私は考える時、紙に色々書いてみる。ボールペンが思考しているように。最初は支離滅裂だが、だんだんと方向が見えてくるのがこのスキルの良い所。ところが、時々だけどボールペンを持って字が書けない時がある。手がしびれているのだ。思考が止まってしまう…

オートポイエーシスと回り道

河本さんの話を聞いていて一番心に残ったところは、解決に直接向かうのではなく自分自身の中に多様な選択肢を開くことが大事であるということ。 図にすると この「病気」や「健康」には様々なコトが代入できる。 これは相手を理解しようとすることの破綻も示…

障がいと共に生きている人とChatGPTの対話

今日、面白い話を聞いた。 障がい者施設で働いている方が、利用者さんがChatGPTを使っているという。どうやって?と聞くと、様々な障がいのため辛い思いをして生きてきた人にChatGPTを使ってもらう。すると、「今日はこういうことがあって嫌だった」と書き込…

プチ法話会と宗教教育

息子の退院を迎えに行って帰ってきてからプチ法話会に参加した。 今回のテーマは「AIと仏教」 AIは急速に進歩するけど人間は進歩していない。いや退化しているかもしれない。ChatGPTというAIの試していて気がついたことを語った。「ICTの時代に仏教…

「言語的自己」と「身体的自己」

今日は特別寒い。-8℃。 「ネットとリアルのあいだ」に二種類の自己があると書いてある。これがラカンの三界ともつながるのではないかと感じる。 私(自己)という存在は少なくとも二種類に大別できる。「言語的自己」と「身体的自己」〇「言語的自己」とは…

呆けの呆け

私が病院へ行った後、訪ねてきた叔父に親父が「息子はまだ寝ている」と言ったという。 ちゃんと出かける直前に言ってくると言ったはずだが。 今日、自分自身が、そのことを一昨日のことだと息子に話した。 それは昨日のことやよと指摘されて、同じようなもの…