”遊び”と”モデルベースシステム”

先日書いた”遊び”についてヒューマニエンスでやっていたことをまとめてみる。
これを見て面白いと感じたのは、私自身が仕事よりも遊びが好きだからだ。
子どものころから遊びが大好きで勉強は嫌いだった。
今は学ぶことは遊びの様になっている。
だから、遊びって何だろう、どういうはたらきがあるんだろうと気になっていた。

まず「遊び」とは何か、遊びでないものを考える。
仕事などで命令されてやるもの。仕方なしでやっていること。
モデルは子どもの遊び、大人の遊びだってある。

①遊びは自由である
②でも、何らかの規則がある
③無報酬で遂行される・・・面白いからやる

では、動物には遊びがあるのかというと、哺乳類にはあるらしい。
ニホンザルに典型的な遊びに「枝引きずり遊び」がある。一種の鬼ごっこ
枝を持っているサルを追いかける。枝をとると追いかけられる方に役割が交代する。
サルは言葉を持たないので枝が鬼の役割をするが、人間の場合は言葉で鬼の役割が決まる。サルは多数で遊ぶが、類人猿の場合は一対一の遊びになってしまう。
人間の場合は多数対多数で、これが仲間意識を生み出す。

では動物の遊びとは
①非自明的な機能
②自発性
③通常の行動の変化または誇張
④繰り返し(何度もやる)
⑤ストレスがない状態でおこる

サルの場合は言葉がないのでモノで役割を交代する。人間の場合は言葉や概念(鬼)で役割を交代するけど、鬼ごっこをしている点では共通。
類人猿の場合は誰かが遊びの中に入るとそれまで遊んでいた子は出ていく。
つまり一対一の遊び。人間の場合は多対多で、このチーム同士の遊びによって仲間をつくり、絆が生まれる。つまりコミュニティの仲間意識(われわれ感)が生じる。

遊びは失敗しても良く、自由な活動。これは「勉強」や「仕事」とどう違うのか。
勉強や仕事には明確な目的があるが、遊びは脱線したり、別の目的に移ってしまうことがある。遊びでは脳の中ではどういうことが起きているのか。
ずばり遊びによって脳の中にモデルベースシステムを創っている。
一方、私の古いイメージでは餌によるパブロフの条件づけがある。
これをモデルフリーシステムと言い、報酬(餌)による単純なシステム(回路)。
モデルベースシステムはもっと複雑なシステムで、簡単に言うと様々なシュミレーションをすることによってモデルを脳の中に自然に構成している。逆にいうと、構成されたモデルによって脳の中でシミュレーションをおこない確かめるというシステム。
もっと単純に言えば、
遊びは脳のシミュレーションであり、脳のシミュレーションは遊びということだ。
だから別の目的に変更することも出来るし、全体を構造化することも出来る。
「遊びによって自由にシュミレーションができるくらいベースモデルが構成される」

では、なぜ我々は遊びをするのか。
遊びの中で何かを得ているからと思われる。
例えば、社会的ステータスは簡単には変更できないが、遊びの中でだったらできる。
遊びには簡単な勝ち負けがあり、人よりも強いとか、えらいという感覚を簡単に得ることができるし、またひっくり返すことができる。

遊びは人生を豊かにするし、心を豊かにする。
遊び経験が豊富な人は違う見方ができ、スランプを脱出できる。
遊び心がある人はストレスを乗り越える力や回復する力(レジリエンス)が高い。

実際に子どもの頃よく遊んでいたとか、今でもよく遊ぶとか、好奇心があったり、あたらしいモノへ好奇心を持っている人は、レジリエンス尺度が高いというデータもある。
遊び心のある人は、たいていの場合何とかしてやって行けるとか、物事に関心を持ち続けるとか、人生で成し遂げてきたことに誇りを感じているとか、自分自身とうまく付き合っているという。
何か面白いことはないか」と考えている人は、レジリエンスが高いだけでなく、新しい文化を生み出すだろう。そもそも、遊びはうまくいかないことがあるということを前提にしているから。
そして、遊びの豊かさは、何よりも自分が変わっていくことを楽しめることだ。

東京で外出もせずにヒューマニエンスのビデオを三回も見てしまった。

脳の回路モジュールはなぜうまくつながることができるのか--沖縄科技大 銅谷賢治教授 第3回全脳アーキテクチャ・シンポジウム(2)|ビジネス+IT (sbbit.jp)

認知心理学におけるモデルベースアプローチ_pdf (jst.go.jp)