スピノザ の検索結果:

「算額アーカイブ」と「コミュニケーション的理性」

…この手法失くしては、スピノザの哲学もニュートンやアインシュタインの生み出した新しい科学も生まれなかった。 番組で登場した和算の問題が面白い。典型的な和算の問題なので、シートで図を描いてみた。図を描いてみると、新しい性質が次から次へと見つかってくる。 いろいろ考えてみると、ユークリッド的手法は、体系的であるがゆえに、原論の命題をたどる傾向になり易い。和算的手法は、体系的ではないが、与えられた問題を解くのではなく、定理(性質)そのものを自分で見つけ出すところに面白さがあるのだと思…

カントの道徳律

…作ること。 つまり、一部だけの幸福を求めるような立法は道徳律ではない。 科学も政治も。 純粋理性批判を読んでいたら、理性では神の存在を証明することはできないと証明してあった。 以前神の存在証明を集めたことがある。 9、神の存在証明・・・証明とキリスト教と西洋科学文明 アンセルムス トマス・アクイナス デカルト パスカル スピノザ (1991.3) それはできないということを言っているのだ。 カントは理性の限界を明らかにしようとしている。 その部分だけ読んでみようと思っている。

エートスとエイドス

…deでエチカを見て、スピノザの態度にとても興味を持った。 学生時代に買った岩波文庫のエチカは旧かな使いで読みにくいけど、愛着がある。 そして、原論の影響から、その表現形式が定義、公理、定理、証明、備考・・・ となっている。 その形式から説得モードだと思っていたら、國分さんは逆だという。 その論拠の一つが、エチカの語源エートス(場所、住処)。 道徳が上から超越的な価値や判断基準を上から押し付けてくるものだとすれば、 エチカ(倫理)は、自分がいる場所に根ざして生き方を考えていくこ…

折りたたみの数学

…0.2) これをジオジェブラで計算できるようにした。 https://www.geogebra.org/m/yj4dpxwe#material/jansbxdu すると、数値は出るのだけど、本当にできるのかどうか確かめたくなった。 「真の観念を有する者は、同時に自分が真の観念を有することを知り、 かつそのことの真理を疑うことができない」 スピノザ 「光が光自身と闇とを顕すように、真理は真理自身と虚偽との規範である」 スピノザ つまり、真理は体得するものということ。 折りたたみ

「主伴互具」(君主と臣下の相互性)

清沢師はスピノザのエチカから強い影響を受けている。 また、スピノザは浄土真宗から影響を受けてエチカを書いた。 スピノザの実態が、清沢師の無限である。 そして、その実態=無限が様々な現象を生み出す構造を説明している。 それが、有機的構成と「主伴互具」(君主と臣下の相互性)の二つの法則である。 有機的構成というのは縁起のことで、 私たちが無限の部分であり、依存、連関していることを示している。 では、その中で私はどのように存在しているのかというと、 ちょうど身体の器官相互の関係のよ…

「宗教哲学骸骨」

…・・これが面白い ・命題「あらゆる規定は否定である」 これはスピノザから ・命題「有限と無限の統一」は宗教的生活の理念である ・霊魂の定義 ⇒ 「霊魂は有限な状態から無限へと発展できる」「霊魂は統覚であって総合的機能である」 ・因果作用の原理 ・同一性の原理 ・生成の法則 最後の生成の法則の中に弁証法が取り上げられている。 この解釈がまったく面白い。 命題―反対命題 → 主人―客人 → 原因―条件 | | | 総合命題 会合 結果 絶対から相対 相対的有限の法則 への発展法則

「存在それ自体の力」=本願力

…=自己受容=勇気」をスピノザから見出す。 エチカ第三部定理七 「いかなるものでも自己の存在に固執しようとする努力は、もの本来の生きた本質にほかならない。」 その努力があるものをして真にその物たらしめるのであって、 「それが除去されると、そのものが必然的に消滅するようなもの」である。 自己保存や自己肯定への努力が、ある物をしてその物たらしめる。 しかし、近代の末期たる現代は、空虚と無意味の精神的不安にさいなまされている。 とすると、無意味性の不安を自己自身へと引き受ける勇気こそ…

「全責任論」と縁起と業

…える。 無限の縁起が私たちの形と名を成しているのだとしたら、 私のありようについては全責任があるということになる。 それは、私には当然のように思えてしまう。 でも、それは同時に全宇宙と私がつながっているということを示している。 つながっているからこそ、全責任があるのだ。 全責任があるからこそつながっているのだ。 スピノザは人間は神の属性(一部)だといった。 世界が苦しんでいるから私も苦しいとなる。 これはとても傲慢な考えだ。 でも、そこに無限の大悲を想定したとたんに逆転する。

「合理的な神秘主義」に導かれて

…無責任主義にはとても惹かれるものがある。 そこから、回心の構造が見えてくる。 そして、縁起の思想と論理の再考。 さらに、スピノザ。 清沢の論理をスピノザがエチカの中で表現している。 エチカはずっと前に「神の存在証明」を書くときに読んだが、 あそこに書いたことは焦点が全くずれていた。 私たちの魂は植民地化されている。 近代や現代の様々な権力によって。 私のやりたいことは、その権力との戦いである。 その権力は私の中にもあり、それと戦わずしてはやりたいことは自己満足になってしまう。

「合理的な神秘主義」

…の科学と経済学。 人でいうと、ブッダ、孔子、ソクラテス、スピノザ、龍樹、親鸞、マルクス、フロイト、清沢満之、ラッセル、ビトゲンシュタイン、ウイナー、チューリング、・・・など、 私はその体験から何を経験として取り出すのか明確に出来なかったが、 安冨さんは実に明確に取り出している。 http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/interview/16.html 東洋文化研究所 ということで、私を導く指針として影響が大きいのだと感じる。 白山スーパー林道・ふくべの大滝