タイヤ交換と「認知歴史学」

明日から雪が降るというのでタイヤ交換をした。
いつも雪が降ってからだけど、今年は降る前に交換した。

『計算する生命』という本を読んでいる。
「る生命」がそれぞれ90度回転しているのはどういう意味だろうか。

私が今まで考えてきたことがまとめてあるようなので読んでいる。
「認知歴史学」というのは面白い。
以前「二分心」という古代人の認知の仕方のことを知ったけど、
それをもっと拡張したもの。
歴史は事象だけではなく認識の歴史でもあるのだ。

同様に、「ユークリッドの方法」と「和算の方法」の違いを考察していて、
そもそもユークリッドの方法がどうやって生まれたのかという問いもある。
ユークリッドの方法は「真直ぐで途切れない説得の行為」
 それに対して和算は縁起「あらゆる文脈」)
そして、計算は思考を手順化したものなのに、思考から離れてしまうということも不思議だった。これはAIにつながってくる。

読書メモ:計算する生命(森田真生 著) - 重ね描き日記(rmaruy_blogあらため)
に描かれていた図が面白い。
この図は、私の「回り道」と同じで、さらに言えば、将棋や囲碁棋士たちがAIの討つ手の意味を考えるという使い方と同じだ。
すでに人間を越えているAIの出した結果の意味を考えることができるのは、私たちしかいないのだ。

少し編集を加えてみた。
意味を考えることが最も大事で、それが最後の段階の意味。