選挙に行くことは勤め

今日はビハーラの恒例の行事で、東別院の報恩講にお参りしました。
報恩講なのにお参りの人数が多くないのが気になりました。
講師は池田勇諦師でした。
 
80歳を越えてなおかくしゃくたる声とお話。
禅宗公案の言葉を使いながら、真宗の信心獲得を説明されました。
「身心脱落…持っているものを捨ててこい。その捨てたものを仏が拾ってくださる。」
「隻手の声を聞け…弥陀の喚ぶ声を聴く」
捨てられない我が身、捨てられない我が心のありようを振り返りながら、
捨てなければならない煩悩とは濁世からの汚れではないかと感じました。
それに気がつくことこそが大切なのだと。
 
最後に、私は今の情勢を憂う。
戦争に向かっているいくつかの法案、原発の見通しなき再稼働、
大企業優先の経済至上主義、我良しとする近隣諸国との関係など、を憂う。
それは、イデオロギーとは違う。
念仏をいただいて仏の声を聴いている私たちの濁世の憂いである。
だから、今度の日曜日の投票には、真宗門徒としてぜひいってほしいと結ばれました。
 
今度の選挙に私の同級生が立候補しています。
かって勤めていた時に、学習会でいろいろ議論を通じて教えてもらいました。
信頼できる友人です。
当選すればいいなあと思って投票してきました。
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夕食会の時に、お西とお東の教えの違いについての話になりました。
両派の歴史と人物の話になりました。
とても面白くて、郡上へ帰るまでのバスの中でも話がつきませんでした。
それについてはまたいつか。