まず、華厳経は菩薩の道を指し示している。
入法界品は、その菩薩の道=人生の道を、譬喩でもってとてもユニークに述べてある。
善知識に出会う善財童子の生き方そのものが、生きる道を示している。
一番目の善知識は仏に帰依すること、
二番目の善知識は海を譬えとしながら法に帰依すること
三番目の善知識はサンガに帰依することの大切さを善財童子に教える。
そして、四番目の善知識が名医メーガ。
彼は、交差点の獅子座に座って、多くの人に囲まれて彼らの訴えを聞きながら応えていた。
善財はメーガに尋ねる。
「私は求道心を起こしました。
しかし、どのように菩薩の行を学び、どのように菩薩の道を歩めばよいのかわかりません。
どうか教えて下さい。」
すると、獅子座に座っていたメーガは、「本当にその心を起こしたのか?」と確認し、
高座から降りて、善財童子を礼拝し、
「無上菩提を求める心を起こされた方に深く礼拝し、敬い申し上げます。」
と述べる。
求道心を求める心を起こしたことが、将来の果である徳道の因であるから、
果よりももっと大切なことで、尊いことだと。
念仏には求道心が無いということに対して、
私たちの念仏の道は、善知識を訪ねることではない。
周りの人々を善知識とすることである。
善知識を通じて仏と値遇い、本願と光明に照らされながら大道である白道を歩んでゆく。