ニコライによる正教会の布教

昨日大和の足湯へ行ってから孫の長靴と雪止めカバーを捜した。

「ニコライの日記」という貴重な記録がある。
函館から東京へ来たロシア正教の司祭ニコライ・カサートキン の日記である。
カソリックプロテスタントが日本に影響を与えたことは知っていたけど、正教もまた大きな影響を与えたことは知らなかった。
さらに、ニコライの日記は1881年から11回にわたり、明治のこの列島の民衆のくらしや精神性をちゃんと見つめ見抜き正確に記録している。
東北では子どもが3人を超えると間引きが行われていたことも記録してある。

とりあえず、カソリックプロテスタントと正教の大雑把な違いについて。

彼はプロテスタントを厳しく批判すると同時に、プロテスタントと結びついた科学文明と経済力によって、この列島のよき伝統・精神・生活が破壊されていくことを嘆いている。資本主義と近代化でこの列島の民衆は大混乱に陥ったのだ。そして、生活だけでなく心の空虚さも迫ってくる。
プロテスタントと資本主義の関係はマックス・ウエーバーが述べている。真宗プロテスタントは類似性がある。正教は禅宗カソリックは天台・真言と類似していると考えるのが私の説)

正教はソ連では宗教弾圧されたが、その時に逆にオウムなどのカルトがはやった。
現在ロシアになって正教は国と結びついている。

正教は日本的霊性(包み込み内在しているもの)とシンクロする。
この列島の多神教はまさに霊性と言ってもいい。
幕末から明治期にこの列島でも新宗教が勃興したのも上記のような理由がある。

そしてニコライの人間的魅力。女子教育や遺児教育にも力を注いでいる。
興味深い人物であり、布教の原点を示している。