高鷲古文書読ままい会・鷲見大鑑終了

昨日高鷲古文書を読ままい会があった。
10名の方の参加。初参加者2名。

鷲見大鑑をようやく終えた。
それにしても面白い話である。

突っ込みどころ満載で疑問が次から次へと浮かんでくる。
今回感じたところは、最後の独礼の所。
朝鮮の陣の功績だから、この時の鷲見殿は鷲見朝保(長門守)だろう。
そして最後に鷲見藤左衛門が出てくる。
最初の系図にも大坂陣手柄と出てくる。その父は鷲見庄左衛門。
となると庄左衛門が長門守にあたると考えたほうが自然だと思うけどどうだろうか。

それから皆さんから出た疑問で、朝鮮の陣の後に八幡城の戦いなのに、順番が逆になっているのはなぜだろうという問題。
最後の独礼や惣礼をこそ書きたかったのだろうと思うけど。
これから読んだ方による新しい発見を楽しみにしている。

高鷲古文書を読ままい会(データファイル:PDF)

データファイル 
(一)穴洞村氏神塁縁記  鷲見氏について
(二)鷲見大鑑  鷲見大鑑について
(三)鷲見氏関係年号表  年号エクセルデータ
(四)長善寺文書(従足利将軍感状写)  長善寺文書原本
(五)鷲見城探訪   鷲見氏系図
(六)もう一つの鷲見大鑑(鮎走区長文書)
(七)高鷲の昔話(子ども向け鷲見大鑑)ワードです。
(八)鷲見家文書

馬淵先生から子ども向け鷲見大鑑を送っていただいたのでアップ。

次回から長善寺文書に移る。

高鷲地域協議会のLINEの広報でお知らせしてもらったが、第4土曜日を第3土曜日と間違えて伝えてしまった。訂正したいけど・・・
LINEグループを作ろうと思ったけど、年齢確認が出てきてできない。
スマホが・・・。

会の写真を撮ろうと思ってカメラを持って行ったのにSDカードを間違えた。

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