PPの制作は「生成」である

この一週間ほど、土曜日にやる数実研の講演のために、パワーポイントで資料を作っている。

いつものことだけど、どこまでやっても終わりがない。
何度も見ていると、気になるところが出てしまい付け加えてしまうのだ。
本当は削る方が良いのだけど。

というのも数か月考えてきた構想がある。
そして、昨日送られてきたアンケートの結果や実践の報告を見た。
それを読むと、講演の対象者のイメージが浮かび、内容が変化してくるのだ。
その課題がまた自分自身の課題を明確にしてくれる。

で、気がついたことがある。
「数学の人間化」のための方法は「生成」である。
この「生成」とは「学習者なりの言葉と思考を『生み出す』こと。学習者自身がこの世界に課題意識を『生み出す』」こと。

いくつかのキーワードがあって、それをまとめているうちにその関連にも気がつき、さらに対象者をイメージして内容が変わってくる・・・このように編集していること自体が「生成」なのだと感じた。
これは以前書いた三木清の「形成」にあたる。
同じことなのだ。

で、生み出された課題意識とは何か。
「課題とはモノやコトをつくり出す過程の中で出てくる」
ということ。
そして、「教育の情報化」が生み出すものが何かがわかっていないということ。
それはこうやって書いているからこそ見えてきたもの。
自分が今まで書いてきたことの意味が少しわかってきたということだ。

里芋を収穫して、皮付きのままストーブの上で煮ると、つるんと剥ける。
これがうまいのだ。母も喜んで食べていた。