曽我亨教授の講座

人類学者はなぜ異文化をめざすのか

曽我亨弘前大学の教授の講座

以前アフリカの遊牧民の話を飲み屋で聞いたことがある。
とても面白かった。
特に、アフリカの遊牧民(の子どもたち)と日本(の子どもたち)の学びと希望の対比が面白く、成程と思えた。鏡としての異文化は興味深い。
浅く広くという学びと深く狭くという学びの違い、何でもできると一つしかできないの違い、一人でもたくましく生きていけると協力しないと生きていけないの違い、・・・などなどを教えてもらった。

彼は中学校時代の教え子。同窓会の飲み会で話題が出て、彼の本を買おうと思って調べていたら、動画が出てきた。懐かしい。

 もう一つ、子どもたちの様子を記録するのに「エスノグラフィー」という手法があることを知った。これは本来文化人類学のフィールドワークで記録をする手法。それが授業やクラスの様子を記録する手法として最近教育の現場でも取り上げられているという。本来のエスノグラフィーは書きながら仮説を発見し、書きながら実証し、書きながら構成していくという絶えざる比較法であり分析法である。
そもそもフィールドにこそ事実がある。フィールドでの出来事を記述することはすでに仮説的で分析的なこと。そういう事に興味があったので文化人類学とつながった。

 もっとも実践の記録は自ずとエスノグラフィーであったし、そこに現れてくるものは実践者によって切り取られたものだ。記録とは面白いものだと思う。