ガソリンを買ってきて、エンジンをかける。
はたしてバッテリーが動くかどうか。
昨年はバッテリーが上がってウンともスンとも言わなかった。
ちゃんと動いた。
家の前の除雪をする。
夕方、母が本堂のストーブに灯油を入れる時に、
電動のポンプの動かし方がわからずに畳の上に大量にこぼしてしまった。
それに腹が立って、かなりきつく言ってしまった。
そもそも電動を置いたのは私だから、原因は私が作ったものだ。
が、その時はそんなことを思わずに腹が立って仕方なかった。
そもそもどうして頼もうとしなかったのかと。
お夕事の時に、心が乱れて仕方がなかった。
終わってだいぶたってから、ふと気がついた。
こんな私が本当に浄土で心を止め、真実を見ることができるようになるのかと。
そして、
このような心を鎮めることができない私が、浄土で仏に成れるのだから、
法蔵菩薩のご修行は途轍もない行だったのだと。
有難いことである。