インセンティブとは、動機、奨励金、報奨、発奮材料などをいう。
(モチベーションとは異なる)
ユークリッドのエピソード(と言われる)の中にこんな話がある。
『ある人から子どもに幾何学を教えてほしいと頼まれた。
ところがその子弟は幾何にはまったく興味を持っていなかった。
そこでユークリッドは、
一つの定理を理解する毎に報奨としてお金を上げることにした。
その子弟はお金には興味があったので定理をひとつづつ理解していった。
ある程度すすんだところで告げた。
「私にはもう払うお金が無くなったのでこの授業を続けることができない。
君はもう来なくてもよい。」
すると、その子弟は、
「私がお礼を差し上げるので、この続きをぜひ教えてほしい。」
と言った。』
この時、初めて「教えるもの」と「教わるもの」が同時に現れたといえる。
(これを啐啄同時という)
でも、この話が成立するためには、
この子弟が「努力する代価」=「お金」
という価値観を思っていることをユークリッドは知っていて、さらに、
この子弟が、ちゃんと学問の面白さに目覚める素質を持っていることも
知っていなければならない。
学びの初めの方では、「定理の理解」=「お金」が成立し、
学びの後半からは、「定理の理解」=「χ」(何と言ったらいいのか解らないので)が成立する。
どこかの時点で、これが変わったわけだが、
ユークリッドにはその変化を見極める力も必要だ。
では、この弟子には、どこでそれ「χ」が見えたのだろうか。
この「理解するという努力」の対価⇒「お金」と思っていたのが、
「理解するという努力」⇒「理解することは面白い」⇒「お金を払ってもいい」
と換わってきた。
もっとも、
ユークリッドの諸定理はもうこりごりだという人にはこの方法は通じない。
この場合、弟子が獲得した「χ」はいったい何だろうか?
この「χ」はたぶん、学び初めにはなかったものだ。
やった後になって、弟子に初めて見えてきたものなのだ。
だから、「目標」になることはなかった。
目標を設定して取り組み、目標だけで評価することは、
もっと大事なことがあることを見失う可能性がある。