仏暦と西暦の違いは何か気になった。
仏滅が紀元である。
キリストの誕生が神の示現であるから始めであることは理解できる。
では、釈尊の死をもってスタートとする思想はどこから来たのだろうか。
仏教では、釈尊の死を「完全なる涅槃」に入られたことととらえる。
そして、浄土教では浄土に生まれるととらえる。
つまり、死を「生まれること」ととらえる思想がある。
キリストは自らの死をもって人類の罪を贖い、その後、復活したので死してはいない。
如とは一如であり、如来はその一如より来るものである。
一如より現れてきて、一如に帰っていく。
そういうとらえ方が仏法なのである。