「凡夫の自覚」と「自己肯定感」

屋根から落ちてきた雪を除雪機でよける。
雨戸を持ってきて雪囲いをする。

数日前に心理学と仏教のことを書いた。

昔から「そのまんまのおたすけ」と「煩悩具足の凡夫の自覚」について考えてきた。
このことについて心理学からはどう見えるのだろうか。
ユーチューブを見ていたらまさにこのことにぴったりのテーマに出会った。

「自己肯定感」と「凡夫の自覚」は一見矛盾するように思えるけど、野口嘉則氏のこの説明はとてもよくわかる。私が感じてきたことを見事に説明してある。

 

ビーイング」と「ハビング」と「ドゥーイング」の対比による説明は秀逸。
自己肯定と自己肯定感は違う。
あらゆる人間関係の中で最も重要な関係は?
自己受容と他者受容は比例する。
褒めることの弊害、ネガティブ・ケイパビリティ(凡夫の自覚)も位置づけてある。

「そのまんまのおたすけ」は究極の自己肯定ということだ。

恩師がしみじみと語ってくれたことを思い出す。
「赤ん坊の子どもが亡くなった時、いろんな人が慰めに来られた。慰めの言葉をいろいろかけてくれたけど、一番ありがたかったのは一緒に泣いてくれた人だった。」

私たちは悲しみを乗り越えるためにどう考えたらいいのかというドゥーイングを考え、それを語り出すけど、それでは癒されないのだ。