「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」

いろいろなご縁で「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」
― ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」アレン・ネルソン著 講談社 ―
という本を読んだ。
2003年に発行されている。
この本を今まで知らなかったのが不思議だ。
 
ネルソンさんは、アフリカ系アメリカ人で、貧しい家庭に育ち、18歳の時海兵隊に入隊する。
その動機は、
乱暴者だった自分が、たらふく食べることができて、お金と名誉がが手に入り、周りから尊敬される
というものだった。
そして、沖縄などで数か月の訓練を経て、ベトナムへ派遣される。
18歳から19歳の一年をベトナム戦争の真っただ中で過ごす。
 
「戦争の本質は、今も昔も変わりません。本当の戦争は無慈悲で残虐でおろかで、そして無意味です。
 私は、その無慈悲で残虐でおろかで無意味なベトナム戦争を戦った一人の兵士です。
 あなたに、ほんとうの戦争とはどういうものか、これから話すつもりです。」
 
ネルソンさんが語る出来事は、ここにはとても書くことができないようなことの連続だった。
彼は、人間というものが、どのような環境の中でも、環境に従順に残虐になれるのかということを知る。
その中で一線を越えてはならないというタブーの感覚も彼の中からは消えなかった。
でも、一線を越えてどこまでも突き進む人間も大勢いることに気がつく。
ネルソンさんは、そういう人間性をうしなってしまった連中をモンスターとよんでいる。
彼らは殺人マシーンで、上官の「殺せ」という命令に従う有能な兵士であって、軍は彼らをほめる。
 
ネルソンさんが、かろうじて人間性を失わずにいたのは、偶然の体験によるのだが、
その彼も、人間のままでいられるか恐れる。
ベトナムでの任期を終え、4年の勤務を経て、除隊したとき、
彼は自分が正常な生活を送ることができないことに気がつく。
後にPTSDと名づけられる症状だが、彼はホームレスになる。
 
その彼を救ったのが、表題の言葉だった。
中退した高校の同級生だったダイアンからたまたま声をかかけられる。
子どもたちにベトナム戦争のことを話してほしいと。
最初は断り続けていたが承諾する。
 
子どもたちの前で、戦争はたくさんの人がケガをする、どんなに恐ろしく、悲しいものであり、
しかも莫大なお金がかかるものであるという話をして終わろうとするときに、
一人の小柄な女の子が「ミスター・ネルソン。あなたは、人を殺しましたか?」と質問をする。
この質問は、彼に衝撃を与え、立ち尽くす。
そして、自分が殺したベトナム人の姿が浮かんでくる。
数分ののちに、彼は目を閉じて「イエス」と答える。
その時、目を開けられない彼の身体に誰かが触れる。
目を開くと、彼の腰に小さな手を回して抱きしめようとしている質問をした女の子の姿が飛び込んできた。
そして、優しく抱きしめ彼を見上げた女の子の瞳には涙がいっぱいたまっていた。
「かわいそうなミスター・ネルソン」
その言葉を聞いて大粒の涙があふれてくるネルソンさんの周りに、次々と寄ってくる子どもたち。
教師のダイアンも泣いていた。
 
ネルソンさんが立ち直るには、まだたくさんの人の助けが必要だったが、この出来事は大きなきっかけとなった。
ただし、彼は軍隊でベトナムの歴史を教えてもらっていないし、高校も中退している。
そして海兵隊員はベトナムの人たちをグークス(サーカスの見せ物小屋にいる異形の人間)とよんでいた。
彼のその後の活動は不思議としか言いようがない。