生きるためのICT

昨夜、Zoomミーティングをした。

話題になったことの一つに、オンライン授業の可否の問題が出た。

高校でオンライン授業をしたところ、進学校では全員オンラインで授業ができる。
だけど、そうでない高校では、スマホは持っていてもオンライン授業なんてとても無理という。教育の機会均等の原則から言えば、すでに機会均等は保証されていない。

だからオンライン授業はダメとは短絡的である。
そうではなく、私は「生きるためのICT」(ICTとは、「Information and Communication Technology」の略で、通信技術を活用したコミュニケーションを意味する)こそが必要だと思っている。弱者が生きるためにICTを利用するという立場だ。

これは、中国で「新しい労働者」たちが「生きるためにスマホを使って交流をしている」というのを知ってから浮かんだ言葉だ。

ICTは、一定の知識がなければできないとか、恵まれた環境にないと使えないとかではなく、だからこそ必要なのだ。

例えば、ICTをあまり知らないICT弱者である私たちがZoomを使って幅広いリアルな知識を得ることができる。
そして、そのためにはICTを誰でも使えるようにしなければいけない。

誰でも使えるICTというのは、企業が儲けたり一部の特権階級だけのものではない誰でも使えるデザインであるべきだと思う。たとえ機械に疎い老人であっても。