列島というブラックボックス

ベイトソンの学習理論は、
ブラックボックスの概念を使っているが、そのブラックボックスが常に変化していることを前提にしている。
入力したことでそのブラックボックスが変化するということは、学習するブラックボックスである。
 
これはパブロフの犬を例にとって、パブロフの犬は、
      ベルの音→犬→よだれ
という単純なものではなく、
そこに置かれている状況を犬はインプットしていることを忘れてはならないと指摘している。
ベルの音だけでなく実験室の状況も犬には入力されているということである。
 
ブラックボックスの概念が強力である分、間違いを犯しやすいということは述べたが、
これをこの列島に当てはめることは妥当だろうか。
 
つまり、 入力→列島→出力
によって、列島のしくみやはたらきがわかるのかということである。
先人たちはそれを常に意識しやってきた。
でも、それはパブロフの犬と同じで、入力されたときにすでに変化している。
列島も学習している。
その学習のシステムこそが実は一番大事なのだが・・・
そして、何を学習しているのか、何が変わらないのかということが・・・
 
もう一つの視点は、列島とひとくくりにするのではなく、そこに住む一人一人に目を当てるとどうなるのか。
戦時中、谷崎はひたすら細雪を書いていたということを知った。
夏目漱石国威発揚の風潮の中、門やこころのような個人の内面を扱った小説を書いてきた。
それは、一つの抵抗であり、存在の仕方だったと思う。
 
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