「アルファ碁はなぜ人間に勝てたのか」

「アルファ碁はなぜ人間に勝てたのか」  斎藤康己著

を読んでいる。

白鳥図書館に寄ったときに目にとまった。
以前から興味があって、いろいろネットで調べていたが、
まとまった本は読んでいなかったので借りた。

デープラーニング(学ぶと言っても、ニューラルネットの重みを収束させていくこと)
についてはまだわからないことの方が多い。
たぶん、これは実際につくってみなければわからないだろう。
でも、大体の流れはつかむことができた。

その中で面白いと思ったことを一つ。
それは、著者が何度も「アルファ碁を擬人化してはいけない」
と語り、「アルファ碁は考えているのではない」と主張していることだ。

「アルファ碁には、このような意味での高次の戦略や目標は全くありません。
 もちろん勝率をできるだけ最大にするという方向に向かってモンテカルロ木の
 探索を行い、次の一手を決定しているわけですが、計算機の中で行われている
 ことは、単なる計算(number crunching)です。」

確かにその通りなのだが、
棋士の中には「アルファ碁先生」と呼んでいる人もいると聞く。
その気持ちの方がよくわかる。

そこで、逆に考えてみた。
人間の特徴は「擬人化する」ところにある。と

それは、常に意味を探っているということであり、
この宇宙の意味さえ探るという宇宙内の存在なのだ。

宇宙は自分自身の意味を探るという存在を生み出したことが
宇宙の最大の成果ではないかと考えたことがある。

そうすると、アルファ碁の機械的な手も、深い意味を持っていると
考えることは、人間だけができることだと思う。
その深い意味を探求していくことが、碁や将棋においても
また、日常の行動においても大事なことなのではないだろうか。

今日は大学の空手部のOB会。
これから出発する。