書くことは板書

以前から、日記やメモ、研究ノートに書いてきた。

ノートにはテーマがあるが、ふと思いついたものは、
A4のいらなくなった紙の裏にメモをしている。
昔からすぐに忘れてしまったりするので、
頻繁にメモはしていたが、それをA4に書くと空白部分が多い。
やがて、そのメモはいらなくなったら棄てていた。

実は、梅棹さんの影響を受けて、
思いついたアイディアを京大式のカードに書いていた。
ところが、そのカードを入れていたキャビネットが邪魔だとい言われて、
処分してしまった。

それで次に始めたのが、A4の袋をフォルダ代わりにすることだった。
バラバラなA4のメモや資料が集まり、やがて一定の方向が見えたら、
それをまとめてこの袋に入れる。
原稿を書くときはこの方法がとてもぴったりだった。
でも、安上りだったが、この袋は中が見えないという欠点があった。

次に、クリアフォルダにした。
資料としてためて、原稿になったら紙の袋に入れて、表題を書いてしまってしまう。
でも、最近は原稿を書くことが少なくなってきた。

それで最初の、使ってあるA4の裏に書くということが一番便利であると気がついた。
とりあえず、ふと思いついたことを書く。
ほとんどが空白なので、そこから連想することをまた書き足す。
そうやって、だんだん空白が埋まる。
すると、それを簡単にまとめるとどうなるのだということで、またA4に紙にまとめる。
このまとめるということは、まさに一人板書で、ほとんどが図。

こうやってまとめていると、意外なことが浮かんでくる。
それまで、無視していたことの中に、大事なことが見つかってくる。

昨日は今まで気がつかなかったFBの重要なはたらきがわかった。
書くことそのものが考えることだった。