落語「法華長屋」

 仏教にも宗派がいろいろあります。天台宗真言宗、浄土宗、浄土真宗臨済宗曹洞宗日蓮宗など。時には、我が宗が正しいと言い張り、論争することもあります。それを宗論と言います。
また、世界を見ると現代では宗教の争いで戦争まで起こしています。
仏教どうしの宗論はどちらが負けても釈迦の恥宗教、宗旨のいがみあいというのは狭い日本では争いの種になります。そこで、落語を通して昔の人たちの智慧をお伝えしたいと思います。
 
さて、下谷摩利支天の近くの長屋。
ここは大家の萩原某が法華宗の熱心な信者なので、他宗の者は絶対に店は貸さない。
路地の入り口に「他宗の者一人も入るべからず」という札が張ってあるほどで、
法華宗以外は猫の子一匹は入れないという徹底ぶりだ。
今日は店子の金兵衛が大家に、
長屋の厠(かわや=トイレ)がいっぱいになったので汲み取りを頼みたいと言ってくる。
大家はもちろん、店子全員が、法華以外の宗旨の肥汲みをなりわいとする掃除屋
おわい屋を長屋に入れるのはまっぴらなので、結局、入り口で宗旨を聞いてみて、もし他宗だったらお清めに塩をぶっかけて追い出してしまおうということになった。
こうして、法華長屋を通る掃除屋は十中八九、塩を見舞われる羽目となったので、
これが同業者中の評判となり、しまいにはだれも寄りつかなくなってしまった。
ところが、物好きな奴はいるもので
「おらァ、法華じゃねえが、しゃくにさわるからうそォついてくんできてやんべえ」
と、ある男、長屋に入っていくと、酒屋の前に来て
「おらァ自慢じゃねえが、法華以外の人間から肥を汲んでやったことはねえ。
もし法華だなんてうそォついて汲ましゃあがったら座敷ン中に肥をぶんまける」
と、まくしたてた。
感激した酒屋の亭主、さっそく中に入れて、仕事の前に飯を食っていけと言うので、
掃除屋、すっかりいい気になって、芋の煮っころがしじゃよくねえから、
お祖師さまに買ってあげると思えばよかんべえと、うまいことを言って鰻をごちそうさせた上、酒もたらふくのんで、いい機嫌。
「そろそろ、肥を汲んでおくれ」
「もう肥はダミだ」
「どうして」
「マナコがぐらぐらしてきた。あんた汲んでくれろ。お祖師さまのお頼みだと思えば腹も立つめえ」
「冗談言っちゃいけねえ」
不承不承、よろよろしながら立ち上がって肥桶を担いだが、
腰がふらついて石にけっつまづいた。
「おっとォ、ナムアミダブツ」
「てめえ法華じゃねえな」
「なーに、法華だ」
「うそォつきやァがれ。いま肥をこぼしたとき念仏を唱えやがったな」
「きたねえから念仏へ片づけた」