生けなば念仏の功つもり

朝外を見たら雪が降っていて、下に10㎝ほど積もっていた。
つれあいは大雪だと言う。
私はこんなのは大雪でも積もる雪でもないと言う。
いつもこの言い合いになるのがさみしい。
今年は雪下ろしは一度もしなかった。
今年は大雪は一度もなかった。

膳碗の露きるうちや春の雪 井上井月

道路の雪はすぐに融けていた。

井月は越後長岡の生まれという。越後の三条地震に遇った人の中に良寛さんがいる。
彼が災難について確かこんなことを言っていたと思う。

災難に会う時節は災難にあうがよく候
死ぬる時節は死ぬがよく候
 これはこれ災難をまぬがれる妙法にて候

昔これを見た時にはひどい言葉だなあと感じた。
今改めて読むと、良寛さんは「真正面から受け止めよ」と言っているように思う。
災難に逢わないようにする努力は、災難から目を背けている。
死なないように年を取らないようにとあがくのと同じだ。
災難や死を真正面から受け止めようということだろう。
でも、それはとても難しい。
真正面から受け止めるってどうすることだろうか。

生けなば念仏の功つもり、死なば浄土にまいりなん。
とてもかくてもあるべしとおもえば生死ともにわずらいなし

法然上人の言葉である。
この「功」は念仏のおかげで育てられたという「功」である。
いろいろあったけどありがたい人生だったと思える功である。

明日死ぬと思って生きよ