「星うごくなり」

今日の学習で、万留帳に、
「(文久2年)7月15日夜、不思議に星うごくなり、西へ行、多く下へ下がり数多(あまた)なり。」
と書いてあった。

旧暦を新暦に直すと8月10日頃、丁度今日頃である。
つまり、この星が動いたとあるのは、ペルセウス座流星群のことだと思われる。

154年前に見た流星群と今日見る流星群を比べたかったが、
あいにく曇りで見ることができない。

その後、当地でコレラと思われる疫病が流行って、多くの人が亡くなっている。
すべてが風説と書きながら、身近な人たちのことを書いている。

これはティバット彗星。
粟飯原氏はその図を描いている。
文久元年5月25日暮れ六つ過ぎの図

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破軍星とは北斗七星の柄の星。
北斗七星よりも長く、北から中天を過ぎるくらいの大きさだと言っている。

ふと気になったのが、東西の方角。
地上から見たとすると、逆でなくてはいけないが・・・
なぜだろう?
視点が天なのだ。

北斗七星の柄が書き直されているところを見ると、これは勘違いやミスというわけではないような気がする。

弟にこの図を見せたら、尾の方向は太陽とは逆になるはずと指摘を受けた。
天文ソフトで新暦の7月2日頃の北斗七星と太陽の位置を調べてみると、
太陽は北西の方向に沈むので、尾の方向は正しい。
一晩かかって北極星の周りをまわる。

とすると、
紙を下に置いて書いた時に、思わずそのまま東西南北を書き、
北の方向を中心に図を書いたが、北斗七星の形が何だかおかしいと思って、
修正を加えたが、地上から見た図なら、間違いだと思った図の方が正しい。
だから、天空から見た図になっているが、
彗星の位置は西の方が正しいので、見上げた図を下向きに描いた矛盾が出てきたと考えるのが良いという
結論に達した。