ネガティブ・ケイパビリティとは
「相手の気持ちや感情に寄り添いながらも、わかった気にならない「宙づり」の状態、
つまり、不確かさや疑いの中にいられる能力の事。
簡単に答えを出さない、その状態に耐えられる能力のこと」
言いかえると、「あわいを楽しむ能力」。この方がぴったりくる。
というのは、年々数学の問題を解くことが遅くなっており、問題を抱えたまま何日も過ごすことが多くなっている。
子どもを見ていると、「わからない・できない」とそこから立ち去ってしまう。
アポロニウスの問題に取り組んでもう一か月以上になる。
わからない状態をずっと続けている。
つまり、簡単に答えを出さないのではなく、答えが出ないのだ。
だから、わからないから色々あがく。
あがいていると、新しい疑問(問題)が出てくる。
解くためにいろいろやっているのだけど、もっと根本の問題が出てくる。
つまり、新しい現象が発見される。
それが面白いのだ。
例えば、「二円の根軸上の点を中心として点Iを通る円を描くと、円Aとの交点は接点のなる」ことを証明しようとして接線を調べていると、次の現象に出会った。
ナビゲーションを進めてみると、なんとQE=FTなのだ。
これが不思議でしょうがない。
わからないことが増えただけだけど、面白い。
数学のわからなさを楽しむことは、ネガティブ・ケイパビリティを高める働きをすると思うのだ。
この能力が欠けると、結論をはっきりと出すとか、白黒をつけるという傾向に陥り、異なる意見を持つ相手を脅威と見なし、やがて相手の存在そのものすら許さなくなる。
それを政権が利用すると、どんな恐ろしいことになるのかは歴史が示している。
それは私たちの中にあるのだと感じる。
「勉強っていうのは、わからないということに慣れる練習をしているんだ」
わからない状態は二日で、解けてしまった。
この解けた喜びも格別だから、それを楽しみに「ネガティブ・ケイパビリティ」を味わっているのかもしれない。
