愛憎違順

昨日栗を拾いに行った。
十数個ほど拾ったけど、まともなのは3個。
代わりにクルミを拾ってきた。

無明煩悩しげくして
 塵数のごとく遍満す
 愛憎違順することは
 高峰岳山にことならず

中日新聞に尾畑文正師が取り上げられていた。
そう言えば、「愛憎が違順する」ってどういうことだろうと思って調べてみた。
名畑先生は、「貪愛と瞋憎。貪愛は環境に順じて生じ、瞋憎は環境に違して起こる」と解説しておられる。
尾畑師は「自分に順ずれば愛し、自分に違えば憎むこと」と説明しておられる。
その通りだなと思う。
最後の句の左訓には「高き峯、岡に悪の心をたとへたり」とある。