息子のつれあいのお父さんの葬儀があった。
苦労の多い人生だったと思う。
たった一人の孫がおじいちゃんの額に手を添えている所を見たら涙が出てきた。
私の知らないお父さんの姿が沢山あるのだ。
この前、理科の「のぼりおり」は「法則と応用」のことだとまとめたけど、
これは「抽象化と具体化」「現象と法則」「全体と個別」・・・というように類推することもできる。
日常的には、「『要するに』と『そういえば』」「説得と納得」「『なぜならば』と『よって』」「『まとめると』と『例えば』」・・・
「要するに」というまとめ方は何だか冷たい。
確かにタイパにはなっているけど、抽象化されている分内容が無い。
「そういえば」という発想はどこまでも広がってゆく。
宮本常一の「忘れられた日本人」を見ていたら、寄合で何日も話し合っている人たちは、全員が納得のいくまでやっている。そして、その方法は「そういえばこんなことがあった」をとことんまで出し合うことだったのだ。
「要するに彼の人生は・・・」ではなく、「そういえばこういうこともあった」ということが果てしなく続くことが人生を語ることなのだと思う。