「学びの三位一体」という三角形がある。
対象世界はいろんな対象世界があります。
たとえば、数学、サッカー、あるいは日本の古典の世界でも何でもよいのですが、そういった対象世界を学ぶという時には、一人で学んでいるわけではなくて、その場に居合わせるかどうかは別にして、他者とともに学んでいるわけです。たとえば、他者にとってはおもしろいことが自分にとってはあまりピンとこない、おもしろくないと思えたり、あるいは自分がスラスラできることが、他の人は結構手こずっているといったことを経験する中で、自分はこういうことが好きだとか、こういうところに魅力を感じるとか、自分はこういうところが得意だったのか、と気がつきます。自分はどういう人間なのかということも見えてくるわけです。そういうわけで、対象世界を学ぶということだけが学びなのではなく、他者との関係をつくり、それを通じて自分自身がどういう人間なのかがわかっていく、このような 3 つの関係の編み直しが同時に並行的に起きていくこと、それが学びなのだということを、佐藤さんは「学びの三位一体論」と呼ばれたわけです。めざす方向としては「活動的で協働的で反省的な学び」という言い方もされています。(松下佳代氏)
これは実践的には
「二項対立に見える関係にもう一項を加えてみると展望が開ける」
ということで、世界の構造をとらえる最も単純な図である。
こういう三角形で世界を見るとわかりやすいということが売りである。
ヴィゴツキーの三角形も同様である。
これと「回り道のモデルの四角形」とどう違うのだろうか。
A自己 ⇨ B他者
↓ ⇩
D( )⇦ C対象
実はこれも三角形(A=Dとすれば)に表すことができる。
が、自己や対象や他者は働きかけることで変わってきている。
つまり、Dは変わったBやAやCであって、実践の結果としてとらえることができる。
認識の変化をとらえた図式が四角形だとすると、わかり方を構造化したものと言える。
母が転んで歩くと痛がっている。
今日は入金や支払いであちこち。