「皮膚のない裸群」

これは記録しておかねばならない。

ホンジュラスの50番目の批准によって「核兵器禁止条約」の発効が決定。

中日春秋で山本康夫氏の詩を紹介していた。

「お浄土には羊羹があるの?お浄土には戦争はないね」と書いてあったので、

どういう詩だろうと調べてみた。

 

「皮膚のない裸群」

比治山麓の大きな防空壕には
皮膚のない裸群が
仰向いたり
うつ伏せになったり
あぐらをかいたりして
くちぐちに「水をくれえ」と叫んでいた
みんなまだ生きている

不規則なその叫びと呻きは
暗い奥のほうから出口にかけてみちみち
巨大な楽器のように
不気味なほうこうとなって鳴りひびいた

私と妻は
生きながら焼かれた愛児の裸体を
一枚の戸板にのせて
その裸体の中に運び込んだ

壕内では一人の軍医が死にかけた人たちに
油を塗ってやっている
「この子を、この子をどうかして下さい」
ようやく訪ね当てた救護所である
「この子を生かして下さい─」
「これもひどいなあ…」
軍医は赤黒くはれ上がった子供の背中や足に
鍋の中の油を布にひたして塗った

石榴のように裂けたまま
血液の最後の一滴まで
出尽くしている子供の大きな傷口を指すとそれくらいは放っておけばなおるよ、見ろ
俺は薬も包帯も持っていないといった
なるほど
その軍医も全身やけどの裸体である
私と妻は古仏のようによごれて
目玉ばかり光る軍医を拝んだ

ほんとうにこれで治るのであろうか
また戸板にのせて
「よかった、よかった」といいながら
その両端をつかんで引き返した

ああ親というものは何という馬鹿だろう
あんなむごいやけどと
あんな深い肉体の損壊が治るわけがない

その夜私の息子は
爆風でばらばらになった家の
がらくたの中で
原爆がきめた、残りわずかな時間だけ
燃えつきる蝋の火のように生きたえて
「お浄土には羊羹があるの?そしてお浄土には戦争はないね……」とつぶやいて
ぴくりと息を引きとった
十三年三ヶ月の可憐な生涯を─
あの軍医も間もなく死んだろう
あの暗い壕の中で叫んでいた
皮膚のない裸群も
みんなで死んでいったろう
戦争という人類の悪虐を呪いながら