知行地とは何か?

古文書を読んでいると、いろいろな疑問にぶつかる。

最近疑問に思ったことは、土地の所有の問題。

これを土地の所有権と考えてしまうと近代の私有制となってしまうからややこしい。

例えば、藩の土地は知行地として幕府から与えられたものだから、所有権は藩にあると考えるのかというと、そこには土地の所有者がいる。

でも、その土地を闕所として命じることもできるのだから藩の土地だともいえる。

そんなことを不思議に思っていると、ついには地頭や荘園まで行きつく。

どうやらこの列島の土地は単純な所有ではなく、幾層もの所有があるのだと感じる。

そこで、それらを調べている論文がないかどうか調べてみる。

江戸時代土地法の体系

これを読むと、かなり複雑であることがわかる。

現代の感覚で考えてはいけない。

検地によって土地所有が認められたこともわかる。

印象に残った言葉
「すぶ」「領知=領分=用益=入会地の進退=用益権」
(つまり土地も借り物だけど、使う権利があるかどうか)

太閤検地と地租改正」は連続したものであり、大きな影響をもたらした。

ちなみに、「たわけ」については田分けが語源ではない。
たわぶれる(戯れる)→たわける(戯ける)→たわけ

 

『名もなき人々の歴史』濃州安八郡泉村の江戸時代 富田満江著

を購入して読んでいる。大いに関連している。